日本発の技術・サービスを世界へ

「日本発の光技術を世界に」-2010/03


「日本発の光技術を世界に」(2010年3月)

3月「日本発の光技術 実用化へ」という記事が日経新聞の一面を飾った。慶応大学小池教授のプラスティック光ファイバーや高精細ディスプレイ技術を活用し、高速で大画面の臨場感あるFace to Faceコミュニケーションのできる先端社会を日本の家庭に実現しようというプロジェクトである。「お年寄りの具合が悪くなったら、そばのボタンを押せば大画面で病院に繋がる生活、離れて暮らす年老いた両親といつでも会話できる生活」を望む小池教授の夢と志は素晴らしく日本人的である。シリコンバレーで開発された画一的なキーボードや大企業向けの簡単に折り曲げられないガラスファイバーには馴染まない人間性ある生活を実現するために、従来のエレクトロニクスの限界を突破する試みでもある。

小池教授は、世界的なフォトニクスポリマーの第一人者で若手紫綬褒章者、政府の最先端研究支援助成基金が選んだ30人の一人。基金より40億円が提供され東芝、旭硝子、ソニーなどが実用化研究に参加する。小池教授にお話を伺って、優れた研究のみならずその情熱と行動力に敬服した筆者としては、イノベーション実用化が本格スタートすると聞くのは嬉しい限りである。

一方、小池教授のような優れた実用化研究やビジネスモデル創出を支援する仕組みは日本で十分整備されているか?多くの日本人研究者と同様、特許費用の多くをこれまで自ら負担し、わずかな特許収入や国の研究資金を研究施設や機器につぎ込み、謂わば孤軍奮闘の綱渡り状態でここまでやってきたようにみえる。研究者として自らチームをリードし、教育者として若手を育て、膨大な研究資金の獲得に奔走し、様々な企業に直接に技術や構想を説明し頭を下げて信頼関係を作り、その一方で技術の権利を確保する等など、新たなものを世の中に出すときの苦労は一筋縄ではいかない。大学がこうした支援で立ち遅れているのみならず、この先の事業化の展開を考えると日本での新事業育成はますます難しくなっているように思える。

嘗てはその使命の多くを銀行が担っていた。例えばホンダでもトヨタでも、昔のバンカーなら経営者の能力と志を評価し、その草創期の危機的な状況で手を差し伸べかつ相談役として成長をバックアップしていた。今や、金融庁の厳しい経営指導により将来のソニーやホンダとなるべきベンチャーでも、赤字決算・債務超過であれば規制上一律に貸し出すことはできない。ベンチャーキャピタルは事業計画を評価するノウハウはあるが、3−5年間の短期的な評価や投資回収しか眼中になく、事業の実現支援は論外である。民間企業は既存の事業の改善以上の冒険をせず、「国の支援」はというと新産業育成を掲げて1千億円を集めた官製ファンド「産業革新機構」も批判が出ない安全確実な投資先の選定に汲々とする始末。鳩山政権となってもこれといったイノベ―ション戦略は見えてこない。

アメリカのシリコンバレーIT事業の成功者であるビルゲイツが、夫人とともに財団を作って社会貢献に奔走する姿を見るとき、小池教授の技術を単に多くの企業が使うという見方を変えて、小池教授自らがチームを率いて技術をビジネス化し、日本のビルゲイツとなって成功するとともに、自身の経験によって、貧弱な研究環境と恵まれない処遇で奮闘する日本の研究者を育成支援し、かつ優れた日本のイノベーション実現モデルの構築に提言してもらう。最先端研究支援基金に選ばれた30名の研究者達には、こうした日本を率いる教授となり日本や世界の子供たちが憧れ、目指す存在になって欲しいと思うのは筆者だけだろうか。