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世界が支える女性研究者−2019/7/15



「ニパウィルス」感染症がインドやバングラデシュなどアジアで広がっている。密林のこうもりを宿主とするウィルスが養豚舎の豚に飛沫感染し、ついにヒトからヒトへも感染が広がった。治療薬がなく脳炎などの重篤な症状が特徴で致死率は50%以上ともいわれる。この6月にもインドケララ州でも感染が確認され、一時300人が監視対象になった。グローバルな人の移動が盛んな現在、オリンピックを控えた日本も安閑としているわけにはいかない。

今年2月、ニパウィルのスワクチン開発を手掛ける日本人女性研究者チームに世界的な支援が決まった。先進国で事業化が難しい感染症ワクチン開発の支援機関として、スイスのダボス会議(2017年)でビルゲイツが提案したCEPI(感染症対策イノベーション連合)が、第一号の支援案件として約34億円を提供する。治験を行い5年で世界に提供することを使命づけるという支援である。開発リーダーは、元東京大学医科研の甲斐智恵子教授で、スタンフォード大学や欧州ワクチン開発支援機関などの海外研究者が協力する。

甲斐教授は、元々はしかウィルスの研究者。類似のニパウィルスからそのワクチンを2013年に開発し、その有効性を動物実験で実証した。ただ、人の治験には50億円以上の投資が必要で、開発を打診した製薬企業は、どこも素晴らしいと言いつつも「開発コストに見合う収益を得ることは難しい」と相手にしてくれなかったという。

甲斐教授の熱意とそのワクチンの存在を知った世界の心ある科学者が、感染症撲滅のために協力してくれたお陰で、今回のCEPI支援に選ばれたが、日本ではほとんど報道されていない。日本の認可制度では不可能に近い5年という短期間の開発となるが、世界のニパウィルス感染症患者を増やさぬために、世界のために、是非頑張ってもらいたい。

甲斐教授は、このはしかウィルスを使って抗がん剤も開発している。遺伝子改変技術を使ってはしかウィルスを無害化し、ガンの持つ特殊なたんぱく質のみを狙ってガン細胞を殺傷するのだという。はしかウィルスの増殖力を保持しているため、ガンの原発巣や遠隔の転移部位にも効果を発現する。又、ウィルス由来の治療薬であり、低コストで製造が可能で、再発乳ガンや肺ガン、大腸ガンへなどの強い効果も動物実験で確認されているという。

最近は、ノーベル賞研究者が開発したオプジーボ、CART細胞など新しい抗ガン剤が話題を呼んでいる。ただ、治療費が約3千万円と高額で対象領域も狭く、この新薬の恩恵を受けられる患者は少数である。簡単に対象患者を広げれば、医療保険財政を破綻しかねないのは明らかであろう。日本のがん患者は年間100万人を超えているが、オプジーボで効果が出るのはその20%程度という。有効で広く使える低コストの抗がん剤の開発が、世界共通の喫緊の課題である。

甲斐教授は、3月東大医科研を定年退官となったため、今後は東大の生産研でニパウィルスワクチンの開発を続ける一方、退職金を投じて抗ガン剤の研究開発を行う研究所ベンチャーを自ら立ち上げた。犬の乳がんを消滅させるところまで実証し、今後は人の臨床試験となるという。短期開発の期待も大いに生まれるところであるが、新薬治験を終了させるまでには今後多額の資金が必要となることも予想される。

農学部から医学部という男性中心のムラ社会の中に飛び込み、女性研究者として呻吟し奮闘された甲斐教授。世界からの期待を受けて自らベンチャーを立ち上げた教授のパッションと信念に、再び世界からの賛同と知恵や大型支援が集まることを願いつつ、教授の奮闘に大きなエールを送りたい。(2019/7/15)